【寄付募集】原爆の図を次世代に残すために
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原爆の図保存基金

『原爆の図』は、近年ますます歴史的、社会的意味が大きくなっており、将来的には人類共通の財産と認められる可能性もあります。しかし丸木美術館では、建物の老朽化にともない、虫食いや紫外線などによって作品に傷みが出ており、このままでは永続的な展示が難しい状況です。そのため、2017年の開館50周年を期に「原爆の図保存基金」を立ち上げました。目標金額3億円のうち、現在約1億1000万円が集まっております。かけがえのない作品を次世代に引き継ぐために、お力添えをお願いいたします。

「原爆の図」とは

水墨画家の丸木位里(1901~95年)と妻で油彩画家の丸木俊(1912~2000年)が共同制作した「原爆の図」。ほぼ等身大で描かれた全15部に渡る群像は、原爆が人間にもたらした痛みを生々しく伝える連作です。

1945年8月6日、人類史上初めての原子爆弾が広島に投下されました。

その3日後の8月9日には長崎にも。
ふたつの原爆で亡くなったひとは20万人にも及び、その数は今日もなお増え続けています。

広島は位里のふるさとです。親、兄弟、親戚が多く住んでいました。
当時東京に住んでいた位里が知ったのは「広島に新型爆弾が落とされた」ということだけでした。
いったい広島はどうなってしまったのか。
位里は原爆投下から3日後に広島に行き、何もない焼け野原が広がるばかりの光景を見ました。
俊は後を追うように1週間後に広島に入り、ふたりで救援活動を手伝いました。

それから5年後の1950年、『原爆の図 第1部 幽霊』が発表されます。
数年間描きあぐねた「原爆」を、水墨画家の位里と油彩画家の俊の共同制作で、やっとかたちにすることができたのです。

はじめは1作だけ、その後は3部作にと考えていた「原爆の図」は、15部を数えました。

最後に〈長崎〉が描かれた1982年までの32年間、夫妻は多くの被爆者からの聞き取りから「原爆」を描き続けました。

 

 

ここに来れば「原爆の図」が見られるという場所を

「原爆の図」は初期3部ができあがってから、日本中の、世界中のたくさんの場所を旅しました。
別の人の手に託されることも多くありましたが、丸木夫妻も絵と一緒に旅に出ました。
いろいろな場所へ行き、いろいろな人に出会い、いろいろな話を聞きました。そして、新たに沢山の絵が生まれました。

この絵を多くの人たちに見てもらえる場所を作ろう。ここに来れば「原爆の図」を見られるという場所を―。

「原爆の図丸木美術館」は、丸木夫妻の暮らした埼玉県東松山市に1967年に開設されました。位里の故郷、広島の太田川の風景に似た川沿いのこの地で、二人は美術館を作り、自然に溶け込むような暮らしを営み、絵を描き続けました。

 


 

丸木夫妻と「原爆の図」は世界各国を巡り、米国、デンマークをはじめとするヨーロッパ各国など20か国以上でで巡回展を開催、ブルガリア、韓国、中国、ドイツなどで美術展への出品をし、数々の評価を受け受賞もしました。

1953年には世界平和評議会より国際平和賞を受賞。

1980年に刊行された丸木俊の絵本『ひろしまのピカ』は世界14ヶ国語圏で翻訳出版され、ベストセラーに。

1988年にマサチューセッツ州立芸術大学名誉博士号を授与。

ジャン・ユンカーマンとジョン・W・ダワーが丸木夫妻について製作した映画「HELLFIRE:劫火ー広島からの旅ー」が1988年度アカデミー賞にノミネートされ、サンフランシスコ国際映画祭ではグランプリ受賞、日本社会映画コンクールでは金賞を受賞しました。

また1995年にはノーベル平和賞にノミネートされています。

 

そして丸木夫妻がこの世を去ってからも、「原爆の図」は美術館に訪れる人たちに戦争の悲惨さ、原爆のむごさを伝え続けてきました。

戦後70年以上が経ち、戦争体験者、被爆者は年々減っていく中で、いま、改めて継承の大切さが見直されているとともに、近年、アートとしての評価も高まり、命に向き合う芸術表現に対する関心が深まりから国内外から再注目を浴びている最中です。

しかしながら、建物の老朽化が年々深刻化しており、展示室・収蔵庫の温湿度管理が難しく、紫外線や虫害によって絵画には深刻な被害が表れています。

原爆の図保存基金が目指すこと

原爆の図保存基金は、丸木夫妻の残した「原爆の図」などの作品を後世まで残し、そのメッセージを伝え続けるために2017年の開館50周年を期に立ち上げられました。


●展示保存に適した新館の建設

温湿度が管理された展示室や収蔵庫を整備し、作品保存の環境を整えるとともに、観覧しやすい空間づくりを実現します。

●海外発信の充実

作品の掲げる普遍的なメッセージを世界に届け、国際社会にパートナーをつくります。

●アーカイブの整理・構築

丸木夫妻関係資料の保存収集を進め、グローバルにアクセスできるアーカイブを構築します。

 

基金開設から約2年、おかげ様で2020年1月時点で約4000人の方からのご支援を受け、1億1000万円万円のご寄付が集まりまっています。ご支援をいただいた皆様には心から感謝申し上げます。

そして、新館設立には約3億円が必要と試算しており、まだまだ多くのご支援が必要です。

基金設立後、沢山の方から応援メッセージもいただいてきました。その中から一つをご紹介したいと思います。

ジャン・ユンカーマン 『劫火 ヒロシマからの旅』映画監督

「40年以上前に丸木美術館を初めて訪れた時、強烈な衝撃を受けました。原爆に関心を持っていて、広島と長崎へ行ったこともありましたが、《原爆の図》を見て、被爆の本当の姿を初めて見たと感じました。一人ひとりの人間にとっての被爆。その姿が私の脳に、心に焼き付いて、忘れたことがありません。私の人生を変えたと思います。これからも、原爆を投下した国の若い世代にも、同じように人生を変えられる衝撃を与えるために、《原爆の図》を永久に保存し、展示する必要があると思います。」

また、こちらは2015年に開催された米国(ワシントンDC、ボストン、ニューヨーク)での巡回展に参加した若者からの感想です。

「私は平和を信じたいです。私は第二次世界大戦のとき、まだ生まれていませんでしたが、広島への原爆投下による痛みや悲しみを理解することはできます。この出来事が、暴力ではなく、平和と幸福を私たちに教えてくれることを望みます。13歳」

「ヒロシマでの原爆投下は本当に恐ろしいことです。でもこの作品は戦争の危険さとそれが正しいことではなかったということを教えてくれました。私は世界中が戦争をやめる必要があることを知って欲しいと思います。被害にあわれたすべての人たちに祈りを捧げます。11歳」

国境を越えて、時代を超えて。「原爆の図」を次世代に残すために。

皆様のご支援をお願いいたします。

 

【原爆の図保存基金について】

寄付金額は任意ですが、1万円以上寄付された方には完工時に記念誌をお送りします。
10万円以上寄付された方のお名前は、新館に掲示いたします(希望制)。
寄付は税額控除の対象となります。

 

【領収書発行につきまして】

クレジットカード決済の領収書発行は、寄付申込の翌月20日以降に発行手続きを開始し、順次発送いたします。銀行振込の場合は、お振込日の翌月20日以降に発行手続きを開始し、順次発送いたします。

システム上の理由で発行にお時間がかかりますことをご理解いただけますと幸いです。

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寄付募集元
原爆の図丸木美術館